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● 十数年、お疲れ様、お世話になりました。
fax が機能を停止した。
といっても沈黙してしまったわけではない。
逆に動かすと止まらなくなってしまったのである。
送信原稿を入れる。
[P01]というメーセージが出て、1ページ目をジジジジージーを読み込みはじめる。
原稿が1枚なら、原稿を読み終わったとき、発信がはじまるのだが。
原稿がないのに、ジジジジージーと読んでいる。
終わらない。
つまり、紙の終わりを検出するセンサーが機能していないということ。
いつまでもジジジジージーと読んでいる。
これではどうにもならんと、リセットボタンを押すと止まりはするが、データは発信されない。
よく今日まで動いていたものだと感心してしまう。
十数年前、こちらに来たとき日本に帰る人から購入したもの。
それからいままで故障なしで動いてきた。
昨今は読み込みのローラーが古くなったようでスリップするのか、普通の紙では読み込んでくれない。
よって2枚をセロテープで貼って厚手にして送っていた。
不都合はそれだけ。
修理屋をよぶような故障は出なかった。
といっても、周囲にはfaxを使っている個人はなく、故障したらそれで廃棄してインターネット通信に移行している。
よって、このfaxも年に数度くらい、情報を得るために企業向けて使っているに過ぎなくなってきた。
でも昔は重宝して、存分に使わしてもらったのだが。
この機械、ひじょうに重い。
計ってみた。
● 7kg:クリックすると大きくなります。
下の赤い部分が「kg」表示。
7kg。
似通った大きさにプリンタがある。
昔のリボン式も重かった。
これとどっこいどっこい。
鉄の塊とまではいかないが、重量感ずっしりでなんとなく安心感があった。
昨今のパーソナルプリンタはひじょうに軽い。
そのかわりよく壊れる。
キャノンは1年少々、エプソンは買って3カ月でダメになった。
保証範囲だったので買い換えた。
パーソナルはやめて「office」と名づけのあったものにした。
でもでも紙を送るとき「ガガガガガー」とすごい音がして、壊れるんのではないかとドキドキものである。
よって、なるべくプリントアウトはやめて、画面をじっとにらんで覚えるようにしている。
この電子の世の中に、なんとも進歩しないものである。
まあ、ペーパレスにはもってこいだが。
紙送りのシステムなど昔から変わっていまいに。
メカ式から電子式になったのだから、心臓に悪い音を出すのはやめて欲しいものだと思っている。
これまでいくついものプリンタを購入したが、故障してあたりまえという感覚になった。
ここでは修理という概念がないので、品質管理がゼロ。
保証期間が切れたら終わり、そう思って使っている。
でなくても、日本より値段は高いし、品数はすくないのに、さらに修理不能となれば、あきらめる以外に手立てはない。
その前のは、キャノン。
これは日本から娘が担いできた。
さすがに日本製の製品。
これは数年以上もった。
その前は、出たての海外学生向けの安物キャノン。
これはすぐにぶっ壊れた。
修理屋へ持っていったら、修理費の方が高いから新品を買ったほうがいいといわれた。
よほどのものでないかぎり、修理屋は修理しない。
なにしろ、数社の製品を一手にあつかうのだから、部品もマニュアルも揃うわけがない。
[office]プリンタの重量は5kgと出た。
これから比べれば、このfax、よくもよくもここまでもってくれたものだと呆れるほどに感心してしまう。
ここまで機能してくれれば、申し分ない。
では、感謝しつつ廃棄させてもらいましょう。
と、実行しようとしたがそうは問屋が卸してくれなかった。
これを外したら、電話が反応しなくなった。
ヤバイ。
また付け直した。
ペンチでコードをチョッキンしなくてよかった。
電話とfaxの切り換え式になっているため、faxと電話が信号でつながっているのである。
よって、fax機がないと電話が使えなくなってしまう。
それも手動式。
スイッチで電話とfaxを切り替える。
その後、電子音で自動的に電話とfaxを切り替えるタイプが出たが、ということはこれはその前の形式。
操作の難しいのは苦手。
電話も留守番電話すら使ったことがない。
まして携帯電話など、とてもとても。
子どもの携帯が鳴っていても知らん顔。
何しろ機能がありすぎる。
携帯でゲームが楽しめます、とあるが私からみると携帯電話それ自体がゲームみたいなものだ。
やっと近ごろパソコンのメールが使えるようになった。
2年ほど前にブログの作り方を教わった。
でも写真を入れる方法がわからなかった。
四苦八苦でやっと理解した。
やっていると面白くなってきたので、めったやたらと写真を載せた。
7,8年も前の娘のコンパクト・デジカメで撮ったもの。
望遠なし、1回の制限枚数fineモードで22枚。
若き頃のフィルムカメラの枚数と同じと思って、使わしてもらった。
だが、あまりにお手軽なのでついつい凝ってしまい、レベルの高い写真を撮るために最新型デジカメを送ってもらったほど。
もともと写真嫌いだから、撮る方も苦手。
ところがこの最新型、数百葉の写真がいともあっさりと、それもタダで撮れる。
「数百枚がタダで、タダで」
写真がタダなんて、発想はまるで考えられなかった。
「老兵は、去り行くのみ」
ウンウンと、妙に納得してしまう。
ここまで枚数が多いと、嫌いとか好きなどという次元ではない。
ただシャッターを押すだけ。
が、コンパクトタイプなのでシャッター動作がワンステップ遅れる。
決定的チャンスなど、いつも見逃し。
シャッターを押したときがそのチャンスなはずであるのだが、ガシャリという音はその後に聞く。
ただ枚数だけが増えていく。
こうなると、ほとんどどんなに撮れたかなんて期待しない。
ただ、出てきた中から、らしそうなのを選ぶだけ。
面白いので、いつも持ち歩いていた。
でも、ちょっとした不注意でコンクリートの床に落としてしまった。
ほんの「さっきのこと」
ロックが外れてバッテリーがポンと飛び出した。
もうこれで衝撃度合がわかる。
つまり、ボツ。
昨日faxに続いて今日はデジカメ。
壊れるときは壊れる。
faxは十数年使った。
対するこのデジカメ正味たった3カ月の寿命。
「そんなもんさ、人生は」
コンパクト・デジカメなのでさほどに高価ではない。
安価といっていい。
難しい機能のついていないもの、ということで決めた。
壊したものと同じ製品を量販店で買ってくれ、と日本にメールした。
「同じもの」を、と強調して。
別のものはいらない。
性能がよくても理解するに苦労を強いられる。
せっかく解かったのに、また一から出直しはお断り。
ここ3カ月、この安物のデジカメで結構、いや本当に遊ばせてもらった。
ちょっと遊びすぎたほど。
3カ月も遊ばせてもらえば、壊れたとはいえこの費用は安い。
なにしろフィルム代、現像代が無料。
つまりランニングコストがゼロということ。
イニシャルコスト分は十分回収した。
上の3枚の写真は、そのデジカメの最後の映像となった。
カメラで撮り、あるいはスキャナーしてパソコンで送れるのでfaxはいらない。
プリンタは「All-in-One」なので、スキャナーとコピーがついている。
プリンタを動作させると「ガガガガガー」で心臓に悪い。
コピーも同様、「ガガガガガー」。
紙が動くのは怖い。
いまこの機能も中でもっともよく使っているのがスキャナー。
こいつは便利だ。
なんでもかんでもスキャンしてインターネットに載せる。
インターネットを「私用に不毛に」使っている様な気になるが、ブログの元締めさんが使っていいと言うからいいのだろう。
少し使ってもたくさん使ってもインターネットの料金は同じらしい。
ビデオでも載せないかぎり、もらえるメモリ容量を超えることはまず不可能。
写真を何枚のせても、ダラダラとした文章を書き込んだとしてもたかが知れている。
まあ、ビデオ撮影機を使うことはないだろう。
きっと説明書きを読んでいると、理解不能でやめたくなるだろうから。
一眼レフの高級デジカメが流行っていると聞いたが、果たして十分に老人たちが使いきれるのだろうか。
衰えた頭を活性化するには、いいオモチャかもしれないが。
私にとって難しい機械は、己が無能さを認識して愕然とするだけのモノ。
いまのところコンパクト・デジカメとスキャナで十分楽しめている。
faxのマニュアルをひっぱりだしてきた。
そして表紙をスキャンした。
裏表紙の一番下段の文字を拡大してみます。
「CANON INC 1988 PRINTED IN JAPAN 」
ということは、今をさかのぼることはるかに「21年前」
それからオマエは、健気によく動いた。
文句も言わず、他人様に手をわずらわすことなく。
オマエは「機械のカガミだ」
電話とつながっているかぎり、廃棄できない。
この場所に鎮座することになる。
3カ月のデジカメはお払い箱。
やはり年期のあるものは、「あるだけ」の価値があるようだ。
「FAX大明神」
の称号を贈らねばなるまい。
そして、いつか廃棄処分になった日には、針供養ならぬ「FAX供養」をしないといけないだろう、などと楽しみなことを考えている。
今日これで2本目のブログ。
faxとデジカメと続けて壊れなければ、普通のこんなことがありました風の記事になっただろう。
人生というのは不思議なもので、起きない時は「本当に何も起きない」
なんでこんなに平穏なのだろう、とその昨日と同じ今日の連続が恐ろしくなるほど。
ところがおき始めると続く。
「二度あることは三度ある」という。
しかし、三度目はまず起きない。
そして、もし三度目が起きたときは、ひじょうに大きな災害になるので、二度起きたら注意しろということ。
しばらく写真がつかえないので、お休みになるかもしれない。
いやいや、スキャナーは動くし、古い写真もある。
どこからか画像をひっぱってきて、なんとか文章化しようとする。
インターネット上には画像が溢れている。
世の中、真面目に向かい合おうとするからネタがつきる。
正直に生きようとおもうから皆と同じになる。
誰が書いても同じなら、書いてもおもしろくない。
斜にかまえて、厭味に書いていけば、そこそこネタは拾える。
いやだな、こういう人。
なんとも、淋しいことだ。
でもそのさみしさが 「カ・イ・カーン!」
長い間お世話になった「FAX大明神」の話でした。
【Home】
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fax が機能を停止した。
といっても沈黙してしまったわけではない。
逆に動かすと止まらなくなってしまったのである。
送信原稿を入れる。
[P01]というメーセージが出て、1ページ目をジジジジージーを読み込みはじめる。
原稿が1枚なら、原稿を読み終わったとき、発信がはじまるのだが。
原稿がないのに、ジジジジージーと読んでいる。
終わらない。
つまり、紙の終わりを検出するセンサーが機能していないということ。
いつまでもジジジジージーと読んでいる。
これではどうにもならんと、リセットボタンを押すと止まりはするが、データは発信されない。
よく今日まで動いていたものだと感心してしまう。
十数年前、こちらに来たとき日本に帰る人から購入したもの。
それからいままで故障なしで動いてきた。
昨今は読み込みのローラーが古くなったようでスリップするのか、普通の紙では読み込んでくれない。
よって2枚をセロテープで貼って厚手にして送っていた。
不都合はそれだけ。
修理屋をよぶような故障は出なかった。
といっても、周囲にはfaxを使っている個人はなく、故障したらそれで廃棄してインターネット通信に移行している。
よって、このfaxも年に数度くらい、情報を得るために企業向けて使っているに過ぎなくなってきた。
でも昔は重宝して、存分に使わしてもらったのだが。
この機械、ひじょうに重い。
計ってみた。
● 7kg:クリックすると大きくなります。
下の赤い部分が「kg」表示。
7kg。
似通った大きさにプリンタがある。
昔のリボン式も重かった。
これとどっこいどっこい。
鉄の塊とまではいかないが、重量感ずっしりでなんとなく安心感があった。
昨今のパーソナルプリンタはひじょうに軽い。
そのかわりよく壊れる。
キャノンは1年少々、エプソンは買って3カ月でダメになった。
保証範囲だったので買い換えた。
パーソナルはやめて「office」と名づけのあったものにした。
でもでも紙を送るとき「ガガガガガー」とすごい音がして、壊れるんのではないかとドキドキものである。
よって、なるべくプリントアウトはやめて、画面をじっとにらんで覚えるようにしている。
この電子の世の中に、なんとも進歩しないものである。
まあ、ペーパレスにはもってこいだが。
紙送りのシステムなど昔から変わっていまいに。
メカ式から電子式になったのだから、心臓に悪い音を出すのはやめて欲しいものだと思っている。
これまでいくついものプリンタを購入したが、故障してあたりまえという感覚になった。
ここでは修理という概念がないので、品質管理がゼロ。
保証期間が切れたら終わり、そう思って使っている。
でなくても、日本より値段は高いし、品数はすくないのに、さらに修理不能となれば、あきらめる以外に手立てはない。
その前のは、キャノン。
これは日本から娘が担いできた。
さすがに日本製の製品。
これは数年以上もった。
その前は、出たての海外学生向けの安物キャノン。
これはすぐにぶっ壊れた。
修理屋へ持っていったら、修理費の方が高いから新品を買ったほうがいいといわれた。
よほどのものでないかぎり、修理屋は修理しない。
なにしろ、数社の製品を一手にあつかうのだから、部品もマニュアルも揃うわけがない。
[office]プリンタの重量は5kgと出た。
これから比べれば、このfax、よくもよくもここまでもってくれたものだと呆れるほどに感心してしまう。
ここまで機能してくれれば、申し分ない。
では、感謝しつつ廃棄させてもらいましょう。
と、実行しようとしたがそうは問屋が卸してくれなかった。
これを外したら、電話が反応しなくなった。
ヤバイ。
また付け直した。
ペンチでコードをチョッキンしなくてよかった。
電話とfaxの切り換え式になっているため、faxと電話が信号でつながっているのである。
よって、fax機がないと電話が使えなくなってしまう。
それも手動式。
スイッチで電話とfaxを切り替える。
その後、電子音で自動的に電話とfaxを切り替えるタイプが出たが、ということはこれはその前の形式。
操作の難しいのは苦手。
電話も留守番電話すら使ったことがない。
まして携帯電話など、とてもとても。
子どもの携帯が鳴っていても知らん顔。
何しろ機能がありすぎる。
携帯でゲームが楽しめます、とあるが私からみると携帯電話それ自体がゲームみたいなものだ。
やっと近ごろパソコンのメールが使えるようになった。
2年ほど前にブログの作り方を教わった。
でも写真を入れる方法がわからなかった。
四苦八苦でやっと理解した。
やっていると面白くなってきたので、めったやたらと写真を載せた。
7,8年も前の娘のコンパクト・デジカメで撮ったもの。
望遠なし、1回の制限枚数fineモードで22枚。
若き頃のフィルムカメラの枚数と同じと思って、使わしてもらった。
だが、あまりにお手軽なのでついつい凝ってしまい、レベルの高い写真を撮るために最新型デジカメを送ってもらったほど。
もともと写真嫌いだから、撮る方も苦手。
ところがこの最新型、数百葉の写真がいともあっさりと、それもタダで撮れる。
「数百枚がタダで、タダで」
写真がタダなんて、発想はまるで考えられなかった。
「老兵は、去り行くのみ」
ウンウンと、妙に納得してしまう。
ここまで枚数が多いと、嫌いとか好きなどという次元ではない。
ただシャッターを押すだけ。
が、コンパクトタイプなのでシャッター動作がワンステップ遅れる。
決定的チャンスなど、いつも見逃し。
シャッターを押したときがそのチャンスなはずであるのだが、ガシャリという音はその後に聞く。
ただ枚数だけが増えていく。
こうなると、ほとんどどんなに撮れたかなんて期待しない。
ただ、出てきた中から、らしそうなのを選ぶだけ。
面白いので、いつも持ち歩いていた。
でも、ちょっとした不注意でコンクリートの床に落としてしまった。
ほんの「さっきのこと」
ロックが外れてバッテリーがポンと飛び出した。
もうこれで衝撃度合がわかる。
つまり、ボツ。
昨日faxに続いて今日はデジカメ。
壊れるときは壊れる。
faxは十数年使った。
対するこのデジカメ正味たった3カ月の寿命。
「そんなもんさ、人生は」
コンパクト・デジカメなのでさほどに高価ではない。
安価といっていい。
難しい機能のついていないもの、ということで決めた。
壊したものと同じ製品を量販店で買ってくれ、と日本にメールした。
「同じもの」を、と強調して。
別のものはいらない。
性能がよくても理解するに苦労を強いられる。
せっかく解かったのに、また一から出直しはお断り。
ここ3カ月、この安物のデジカメで結構、いや本当に遊ばせてもらった。
ちょっと遊びすぎたほど。
3カ月も遊ばせてもらえば、壊れたとはいえこの費用は安い。
なにしろフィルム代、現像代が無料。
つまりランニングコストがゼロということ。
イニシャルコスト分は十分回収した。
上の3枚の写真は、そのデジカメの最後の映像となった。
カメラで撮り、あるいはスキャナーしてパソコンで送れるのでfaxはいらない。
プリンタは「All-in-One」なので、スキャナーとコピーがついている。
プリンタを動作させると「ガガガガガー」で心臓に悪い。
コピーも同様、「ガガガガガー」。
紙が動くのは怖い。
いまこの機能も中でもっともよく使っているのがスキャナー。
こいつは便利だ。
なんでもかんでもスキャンしてインターネットに載せる。
インターネットを「私用に不毛に」使っている様な気になるが、ブログの元締めさんが使っていいと言うからいいのだろう。
少し使ってもたくさん使ってもインターネットの料金は同じらしい。
ビデオでも載せないかぎり、もらえるメモリ容量を超えることはまず不可能。
写真を何枚のせても、ダラダラとした文章を書き込んだとしてもたかが知れている。
まあ、ビデオ撮影機を使うことはないだろう。
きっと説明書きを読んでいると、理解不能でやめたくなるだろうから。
一眼レフの高級デジカメが流行っていると聞いたが、果たして十分に老人たちが使いきれるのだろうか。
衰えた頭を活性化するには、いいオモチャかもしれないが。
私にとって難しい機械は、己が無能さを認識して愕然とするだけのモノ。
いまのところコンパクト・デジカメとスキャナで十分楽しめている。
faxのマニュアルをひっぱりだしてきた。
そして表紙をスキャンした。
裏表紙の一番下段の文字を拡大してみます。
「CANON INC 1988 PRINTED IN JAPAN 」
ということは、今をさかのぼることはるかに「21年前」
それからオマエは、健気によく動いた。
文句も言わず、他人様に手をわずらわすことなく。
オマエは「機械のカガミだ」
電話とつながっているかぎり、廃棄できない。
この場所に鎮座することになる。
3カ月のデジカメはお払い箱。
やはり年期のあるものは、「あるだけ」の価値があるようだ。
「FAX大明神」
の称号を贈らねばなるまい。
そして、いつか廃棄処分になった日には、針供養ならぬ「FAX供養」をしないといけないだろう、などと楽しみなことを考えている。
今日これで2本目のブログ。
faxとデジカメと続けて壊れなければ、普通のこんなことがありました風の記事になっただろう。
人生というのは不思議なもので、起きない時は「本当に何も起きない」
なんでこんなに平穏なのだろう、とその昨日と同じ今日の連続が恐ろしくなるほど。
ところがおき始めると続く。
「二度あることは三度ある」という。
しかし、三度目はまず起きない。
そして、もし三度目が起きたときは、ひじょうに大きな災害になるので、二度起きたら注意しろということ。
しばらく写真がつかえないので、お休みになるかもしれない。
いやいや、スキャナーは動くし、古い写真もある。
どこからか画像をひっぱってきて、なんとか文章化しようとする。
インターネット上には画像が溢れている。
世の中、真面目に向かい合おうとするからネタがつきる。
正直に生きようとおもうから皆と同じになる。
誰が書いても同じなら、書いてもおもしろくない。
斜にかまえて、厭味に書いていけば、そこそこネタは拾える。
いやだな、こういう人。
なんとも、淋しいことだ。
でもそのさみしさが 「カ・イ・カーン!」
長い間お世話になった「FAX大明神」の話でした。
【Home】
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