● ダウンタウン・ヒーローズ
「これ、面白い」
家人がそういった本があった。
「ダウンタウン・ヒーローズ」
読み始めたが、ダメ。
出だしがいけない。
高校生と娼婦とイレズミ。
まるで、作られた世界。
そのまま書棚に戻ってしまった。
数年前に日本食品店の2階にある古本コーナーで見つけた。
別に見つけたわけではない。
ズーッと長い間そこにあった。
タイトルに触手が動かなかった。
ダウンタウン・ヒーローとはヤクザものか。
長い間飾られて、買い手がつかなかったのであろう、ちょっと表紙が黄ばんでいた。
「まだ置いてあらあ」といったところ。
時が流れて、「わいそうだ、我が家に引き取ってやろう」とホトケ心で買ってきた。
それから、またしばらく書棚でホコリをかぶっていた。
その本を家人が読んだようだ。
今回ページを開くにあたって、前回のこともあり、途中で本箱戻りとならないようインターネットで調べてみた。
ところがびっくりすような情報が出てきた。
これ、1988年に映画化されていたのです。
手持ちの本は1986年発行1987年第5刷。
映画化はこの翌年にあたる。
監督はあの寅さんシリーズの山田洋次。
そして主演はなんと「薬師丸ひろ子」
映画についてはたくさんのサイトで紹介されています。
『
★ シネリエ CINELIER -映画のソムリエ- ダウンタウンヒーローズ
http://www.cinelier.jp/list/200711/03.html
』
『
★ ダウンタウン・ヒーローズ
http://www2s.biglobe.ne.jp/~dragnet/yanagiba/hiro.html
●あらすじ
<思いっきりバンカラ あきれるほど純情>
映画「ダウンタウンヒーローズ」は、「夢千代日記」「花へんろ」などで知られる脚本家、早坂暁が旧制 松山高校時代を振り返って書き下ろした自伝的小説を、同年代の映画作家である山田洋次が映画的に脚色し、 ドラマ化したものです。
物語は、松山高校の寮生活者たちの奔放な生活ぶりを追って展開します。
志麻浩介(中村橋之助)は、『県女のマドンナ』と噂される 房子(薬師丸ひろ子)と知り合い、片思いに身を焦がします。
そんなある日、文化祭の演劇コンクールに 「理髪師チッターライン」の出し物で参加しようと計画をまとめた寮生たちは、アガーテ役として房子に 白羽の矢をたてます。
浩介の必死の説得で房子を主演女優に迎えた一同は演劇コンクールで大成功をおさめます。
この舞台で演出家をつとめたオンケルは房子に恋をして、結局、手痛い失恋のために学校を去っていきます。
また、ある時、逃亡してきた遊郭の娼婦を、学生寮にかくまうことになった1週間は、一同にとって 笑うに笑えない珍事、難事がもちあがります。
そして1年後、松山高校は愛媛大学となって、寮生たちは全国に散っていくわけですが、彼らにとって この短い学生生活は永遠に忘れられない体験であり、赤々と燃える青春そのものでした。
』
「カ・イ・カーン!」
で一世を風靡したカワイコちゃん。
主題歌は下記で。
『
★ You Tube 音楽館のページ 薬師丸ひろ子
http://www.ahatk.net/YTmusic/SailorfukutoKikanjyuu_HirokoYakushimaru/SailorfukutoKikanjyuu_HirokoYakushimaru.html
』
かわいいですね、YouTubeの薬師丸ひろ子。
下に映画の予告編も入っています。
「カ・イ・カーン!」もあります。
「オー、とびっくり」
こりゃしっかり読まないといけない、と思いページをめくっていく。
なぜイレズミをすることになったか、その部分を抜粋で。
『
「早坂の一生を決定するにしては、今夜の仕事は小さすぎる。
わしの一世一代の仕事を見て、それで刺青を決めておくれんか」
「一世一代----」
「早坂、泥棒の中で、一番難しい泥棒は何か知っとるかいね」
「‥‥金庫か」
「ふ、ふ、ふ」
「ピアノか」
「もっともっと難しい」
「人間!」
「オモシロイ‥‥」
「‥‥‥」
「準備に一ト月かかるけん、その間にゆっくり考えてくれ」
<略>
「‥‥何を盗るのか、教えてくれ」
「家の中のもので、盗るのに一番難しいものだ」
「‥‥いくら考えても判らん」
「ジュウタンだ」
「ジュウタン!」
「そうだ、絨毯が一番難しい。
考えてもみい、絨毯を盗るには、まずその上にのっているものを退かせなくちゃならん。
ピアノも、本棚も、金庫も、ソファーも‥‥
それもすべて音を立てずにだ」
考えただけでも気が遠くなる。
「上物を退けてからも大変じゃ。
絨毯を丸めて運び出すのだが、5メートルの絨毯は丸めても5メートルの長さがある。
これを見つからんように屋外まで持ち出すのが第二の難関じゃ」
そんなこと独りで出来るわけがない。
「独りでやる。
独りでやるからこそ「一世一代の盗み」というもんぞね」
「今までに盗った人間はおるのかいね」
「おる。
愛知県のムラシマ・カイチ、
神奈川県のヒラノ・トウイチロウ。
三人目が多分わしになる」
オンケルの目は輝いて、力があった。
とうとうその日がやってきた。
珍しく晴天が続いた朝に、「今夜にする」とオンケルは宣言した。
「今日が今年で一番湿度が低い」
松山測候所で調べてきている。
「だから今日がいちばん絨毯が軽い」
家庭教師が終わってから、門を出るふりをして庭にひそむ。
仕事は12時からはじめて、4時間をかける。
何しろピアノや本棚を一人で移動させるのだ。
「あけ方の4時に、運がよければ裏のコンクリート塀を越える。
それまでに、家の中で電灯が明るくついたり、大声がしたら遠慮なく帰ってくれ。
また、4時すぎて出てこなくてても、帰ってくれ」
4時になった。
邸内からは何んの音もせず、また塀の上にはオンケルの姿もあらわれない。
4時を10分まわった。
----失敗したんだ。
その時、コンクリート塀の向こうに、ゆっくり姿を見せてくるものがあった。
----絨毯だ!
「急げ、夜が明ける」
重い絨毯をリヤカーにのせて、道後公園まで運んで、リヤカーごと放置した。
朝になってペルシャ絨毯と判って大騒ぎしたが、遂に犯人は判らずに終わった。
私はこういう訳で背中に刺青をした。
こうして私は医者になることから脱走でき、大きな会社に勤めることからも、免れることが出来たのである。
』
これ、「ウソのような本当の話だろうか」
ところで、である。
この本、薬師丸ひろ子のイメージで読んでいくととんでもないことになる。
映画の青春物語、薬師丸の女高生物語などではないのである。
<思いっきりバンカラ あきれるほど純情>
などというのは映画のストーリー。
<思いっきりナンパ あきれるほどナナメ>
強いていえば娼婦物語、ヤクザ物語なのである。
「県女のマドンナ」と噂される 房子(薬師丸ひろ子)というのは、本文ではちょっと顔出す通行人Aといった役どころにすぎないのである。
主役は娼婦のイチ子、そして脇役は同じく娼婦の咲子なのである。
山田洋次は脚本を書くとき、薬師丸ひろ子を使って見事に転本したのである。
例えばこうである。
『
「玉取り」とは、実にすさまじい刺青であった。
「玉取りを彫るんは、これが最後じゃろうと思うけん、一生懸命、立派な冥土の土産になるように彫らしてもらいます」
冥土の土産についてはちょっと注釈をしておきたい。
刺青は、「地獄への唯一の土産」とされている。
どうせ刺青を彫るような連中は地獄へ堕ちるにきまっているが、さて閻魔大王の前に立たされた時に、刺青が役に立つというのだ。
なんでも閻魔サンは「大の刺青好き」だそうで、見事な刺青だと、諸地獄の中でも一番楽な「眠り地獄」へ送られる。
そこはともかく眠っていればいい地獄である。
日に一度は亡者の審判に疲れた閻魔サンがやってきて、刺青を鑑賞して一息つくというのである。
彫りは三日彫って四日休み、三ケ月かかった。
さて問題の刺青、玉取りだが、一口に言えば蛇が玉を取ろうとしている図柄である。
蛇は二匹の大蛇である。
一匹はイチ子の右肩から胸元へ斜めに下りてきて、左乳房のところで乳首に向かって大きく口を裂いている。
胴体は背中を這って尻尾が太腿を一巻きしている。
もう一匹はすさまじい。
反対に右乳房を尻尾で巻くと斜めに左肩へあがり、背中を這って頭は左の太腿に到る。
そして、ずるりといった感じで鎌首をイチ子のあそこへ入れているのだ。
なんとも恐ろしくて生々しい構図であった。
彫源によると日本で玉取りを彫った女は明治以後十人もいないのだという。
そうでなくても刺青は痛いのに、一番敏感な乳房やあたりや、なかでも股間の最も秘所の部分まで彫り針を突き立てるのである。
』
薬師丸ひろ子の主演映画の原作ということがないなら、この手の内容はあまり肌に合わないので、前回同様、書棚に戻ってしまったことだろうと思う。
『
イチ子の玉取りが完成した。
「これで終わった。イチ子さん、よう辛抱したな」
彫源は涙声のような、くぐもった声で言った。
「ほんとに、ご苦労さん」
「ありがとうございました」
一糸まとわぬ姿でイチ子は正座して彫源に頭を下げた。
「さあ、もう一度、ゆっくり見せとくれ」
「はい」
イチ子は少し恥ずかしそうに顔をあからめて立ち上がった。
見事な刺青だった。
イチ子は両手で股間を隠しているので丁度、大蛇の頭を両手でおさえる形になった。
「手を離して‥‥」
彫源が静かな口調で言ったので、イチ子は両手を離した。
大蛇の首がイチ子の股間に消えている。
そのもぐり込んだ首のためにイチ子のそこは、薄い紅色で裂けているように見えるのだった。
「でけた‥‥」
彫源は両手で手を合わせるようにしてつぶやいた。
』
あまりにナマナマしい文章。
どうみても、薬師丸ひろ子主演の映画にはならない。
原作とまるで違うダウンタウンヒーローズ。
薬師丸ひろ子主演の予告編をYouTubeでどうぞ。
『
★ 薬師丸ひろ子 時代[ダウンタウン・ヒーローズ予告編]
http://www.youtube.com/watch?v=N7k6ZhCWq3U
』
著者の早坂暁について Wikipedia を載せておきます。
『
業新聞編集長を経て『ガラスの部屋』(1961年、日本テレビ)で脚本家デビュー。
以後、1000本以上の映画やドラマの脚本、小説を手がけ、人間をテーマにした独自の作風を築く。
ドキュメンタリーや舞台脚本、演出も手がける。
代表作は「夢千代日記」「花へんろ」「天下御免」「ダウンタウン・ヒーローズ」「華日記」「戦艦大和日記」など。
新田次郎賞、講談社エッセイ賞、向田邦子賞、放送文化基金賞、芸術選奨文部大臣賞、紫綬褒章、芸術祭優秀賞、放送文化賞ほか多数の受賞歴がある。
現在、勉誠出版から初の単行本化となる長編小説『戦艦大和日記』をはじめ、『ダウンタウン・ヒーローズ』『公園通りの猫たち』など小説・エッセイ作品の完全収録を予定している『早坂暁コレクション』を刊行中。
遍路道の商家で生まれ育ち、幼少の頃からお遍路さんに接してきた経験や、妹を原爆で亡くし、被爆直後の広島の惨状を見ていることなどから、遍路(四国八十八カ所)や原爆に関する作品や論評、活動も多い。
一例として、広島に投下された原子爆弾による被害を当時まだ学生だった体験者が綴った絵本の企画・編集などをおこなっている。(『あの日を、ぼくは忘れない』『あの日を、わたしは忘れない』勉誠出版、2008年)
必殺シリーズのオープニングナレーションを多数手掛けている。
大学時代に銭湯でたまたま渥美清と知り合い、何度もプライベート旅行に行くなど親友となった。
渥美清には、初期のテレビドラマ「泣いてたまるか」や、土曜ワイド劇場の第1回作品の「田舎刑事」シリーズなどの脚本を書いている。
』
【 装画・本文絵 伊藤方也 】
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